やっと会えたデュシャンの大ガラス

デュシャンの大ガラスに三年越しでやっと会えた

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正式な日本語のタイトルは「彼女の独身者に裸にされた花嫁、さえも」通称大ガラス

三度行こうとして、時間がない、休館日だった、受験シーズンで東大のキャンパスに入れない、でフラれ続け

今回やっと行けた東大駒場博物館、娘と二人でたどり着き、私はすんごいドキドキしながら大ガラス東京バージョンの前に立った。

世界に四つある中の一つが常設展示されている。

2008年にデュシャンが誰だか知らない時に受け取ったチャネリングメッセージは

厭世的な生き方から、なにかを掴み取り、自分のものにしていったという一つの強さでもある。一見冷徹で、平静を装っているが、その内部には赤々と燃えたぎる火が灯っている。そんな人物だ。世の中には彼の真の意図するところは理解されなかった、いや、彼は理解してほしい、などとは思っていなかった。ただ、自己の欲するままに表現をし、現象の世界だけで捉えられるもの以外に価値を見いだしていた。四次元は彼にとっては、宝と、そしてがらくたの宝庫だった。そのなかで、自らの芸術性をもって、ものごとをより分けていた。しかし、ここからここまでが作品だ、などという考え方はしておらず、物事の成り立ち、歴史、成り行きや朽ち果てる過程までもが、彼の表現をささえており、時空を超えた立地点にいた。

わっぽーの踏江先生が大ファンだったというデュシャン。 この作品を目の前にした感想は、思ったより大きく綺麗(ひび割れが無いから?)。立体感がある。

衝撃という感じじゃなかったけど確かに脳がシビレる。頭頂のチャクラを横に広げるようにロート状のエネルギーがズドンと入って来てグラウンディングした感じ。

作品の解説を読んでも全く理解できないが、去り難い。アートというより何かの装置のような気がした。

聞こえたのは 「歪曲の矯正」
(その後家に帰ってから聞こえたのは「観念変換装置」)ん〜わかる気がする。
三年振られたのはわかるまでの準備だったのかも…

その後美術館に行こうという事になり、国立新美術館でオキーフやホッパーなどのフィリップスコレクション-モダンアート、アメリカンを見た。

デュシャンを見た後だったからかへー、とかふーん、綺麗!て

    言う感じ。 「デュシャンのほうが面白いね」とは娘の感じかた。 私もそう思った。
以前通った乃木坂も変わったな~!

叔母バカの妹も一緒に新三郷で初IKEA。 妹は娘に会うとなんでも買ってくれてしまう叔母さんになってしまう。 北欧から来たIKEAの家具やグッズはsimple&neat!そして安い。

お仕事にも使えそう、広ーいフロアを1ラウンド。

全くよく歩いた。デトックスにエルダーフラワー(ニワトコ)とリンゴンベリー(こけもも)のジュースを飲み家路に着く。

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叔父の三回忌

叔父の三回忌があった。 見えざるものとの対話は大分前からしていたが、この叔父が亡くなった時の対話によって、私は自分がチャネラーだと自覚した。 約二年前の年末に1000人の参列者に見送られて逝った叔父は人望があった。多少の試練があってもいつも笑っている叔母がいたからこそだと思う。仏神に篤く、地域の教育や国際交流、スポーツ、特にサッカーの振興に貢献し、亡くなるまで柏レイソルの後援会長だったが亡くなった時、この世に思いを残さずに清々しく旅立って行かれたのがわかった。 もし今年レイソルがリーグ優勝したなら、叔父はさぞ喜ぶことだろう。 娘二人は海外脱出し、長女はアメリカ、次女はイタリアでそれぞれに起業し、自立した生活を送っている。三女はお嫁に行き、家を継ぐものはいない。それは次男の私の父も同じこと。女系家族なのだ。

二年前お通夜に向かう時に、ガイドから”生命とは、性別とは、家とは、家族とは何か、頭でなく、ハートで答えを出すように”と言われて、ん~と思っていたが、その時、「家族とは、思い思われるもので、男だろうが、女だろうが、内だろうが、外だろうが(結婚して嫁に行こうが、名字が変わろうが変わるまいが)、家、という枠を越えて家族であることには変わりなく、受け継がれていくものがあるという事なのだ、本当の先祖の供養とは線香をあげて拝むことではなく、先人の素晴らしい資質を自分の中に見出してそれを生きることだ」という思いに至った。この時叔父からは沢山のギフトを頂いた。

でも二年前のこの気づきは今の私にとってはとても窮屈だ。血脈ではなく魂ということを考えた時、家族という枠はもちろん存在しないはずだ。性別という枠もなく、その営みがあるだけだ。同じ頃に仏教系のソースとつながった時、色々なしきたりを教えられ、お墓の前で家という考えの元、並び順を直されたことがあった。意外に狭くてビックリしたものだった。 どのソースと繋がるか、は自分のあり方と意識の広さ次第なのだ、と今思う。 綿密に計画され、はた織られた宇宙エネルギーに影響され翻弄されながら生きて自分を抉り、知り、宇宙を知り意識を拡大し成長する。この二年間は決して楽ではないそんな歩みだった。随分遠くまで来たものだ、と思うが、これからはもっと別の成長の仕方があるのだろうと思う。

この家の重みを感じながら僧侶の講話を聞いた。 この場 黄金、どこにいても今ある場所を輝かせるのは自分次第、他人のせいにせず、今を生きることが王道なのだ、と 先日元YKK副会長だった北野さんに言われたことと同じ。 師匠の踏江さんにも環境の不条理にただ怒るのでなく、自分はそこでどう生きるのか、が大切。というのを昨日言われたばかり。また念を押された。

人間の幸せは外側に要因があるのではなく、内側の深い望みを叶えることなのだ、と心底思える自分がいて本当によかったと思う。 素晴らしい心の師に恵まれた故だと思い、感謝するのみです。

今回は叔父とは直接会話はしなかったが、肉体があればこそ、進化向上できるのだよ、と言われている気がした。 これからはもっと芯の太い自分を育てていきたいわ!と思った。

今年最後、わっぽー第五回新潟セミナーが終了しました

今年最後のわっぽー第五回新潟セミナーが終了しました。

踏江先生の口述は、録音し後で振り返るとさらにもっと深く意識に染み込んでいきます。またそれは後日お伝えするとして、午後の公開過去世セミナーでの体験談を書き記します。

私が中央に座ることはない、と思っていたのですが、今回は読み手ではなく、読まれる方でした。 あまりにも大きなブロックがあると自分では読めない、わからないのです。この時わっぽー千葉のメンバーに読んでいただいた過去世もはじめ自分では読めませんでした。

細かくは書きませんが、何不自由ない幸せな暮らしから、闇の世界に落ち、人を恨み不条理に怒り、自分のあり方を忌み嫌いながらいつか這い上がれるはず、と思っていたが、そう出来るはずのない人生の終焉は打ち首でした。

この過去世をこの時知ったのは必然で、これから私はどうしたいのか、を問うた時、いまだ抜け切れていない善、悪のラベル付けと価値判断と、この世の不条理への怒りさえも私は超えて行くのだろう、と思います。

薬害問題や公害問題、原発問題、それから思春期からずっとジェンダーバイアスにインスパイアーされ、尖って怒ってしまう私でしたが、これらの善悪の判断を超え「あ!そう」と思えるところまで拡大していき、じゃあ私はどう生きるのだ、というところに立つ、というのが踏江先生からの教えです。

そして今身近にある薬害問題についてどう意識をシフトしていくのか、の答えはすでにサリドマイド被害者の増山ゆかりさんの生き方にあると再度気づいたわけです。彼女は、「生まれた時からサリドマイド児だった自分はこれが自分だから不自由とは思わない。薬害の被害者は私ではなく、私を生んだ母だ、私の薬害への仕返しは自分の足で立って自立して生きること、薬害問題については自分に出来ることをさせていただいているだけですよ、今は梅干しを干して裏返す瞬間が最も幸せ!」と笑顔で楽しそうに話されます。一緒にお食事をしながら人間の器が違う、と思ったものでした。 また小さな自分を発見し、セミナー後も胸騒ぎが止まらなかったですが、大きな宿題にドタバタしながら取り組んでいこうと思う私でした。

来月からはチャネラー養成講座のアドバンスコースが開講します。 ドキドキしますが、楽しむモードにギアを入れて参加しようと思います。

「新潟に踏江先生のような方を招いてくれて本当に感謝しています」、と多くの方に言われました。少しでもお役に立ててとても嬉しく思います。踏江先生、参加者のみなさん、特に千葉からいらしていただいた方々に感謝いたしております。来年2012年はどんな年になるのでしょうか、予測もつきません。私事で言えば大変革の年です。わっぽーの輪が私をサポートしてくれると信じています! 先生、わっぽーの方々、来年もよろしくお願いいたします。