チャネラー養成講座アドバンスコース第5期修了証・師匠のコンタクト

12月30日の今日、一人薬局にいて残務整理が終わり、分包機にありがとうを言いながらお掃除し、神棚の掃除をし、お神酒、お水と米を供え〆縄を飾り一年の締めくくりのご挨拶をしました。
はーっとほっとしたところに、踏江師匠からチャネラー養成講座アドバンスコース第5期の修了証が届きました。

チャネラー養成講座には連続で参加していますが、個人セッションを受けるより、数人の方と一緒に体験しながら、相互に影響を与えながら学び、互いに育ちあうということにとても意味がある気がしていますし、その方が過程が早く進むのだ、とも思います。
自分を白日の元に晒す必要がありますし、隠し事をしたところで隠しおおせません。
見抜かれてしまいます、隠す気もありませんが、意識に上っていないことを指摘されることもあります。
おかげさまで、チャネラー養成講座で学び続けているので、直感は益々鋭くなり、チャネリングは生きていく上で必要不可欠な手段になっています。

今年、本当に腑に落ちた、というか、やっと腑に落ちたことは、自分に軸を持ち、チャネリングしながら生きることは何よりも楽なのだ。ぶれない自分でいると、なんだか不安も感じないでいられる、それに何よりも幸せ!ということです。
過去の私はあえて不安の中に自分を落とし、’苦’を選び掴んででいたのだ、ということです。色々な体験させていただいた今年でした、本当に有難いです。
本当の自分と繋がりたい方、わっぽー踏江さんのチャネラー養成講座は本当にお薦めです。

神と繋がり、チャネリングしながら生きることはとても自然なことで、これからの時代はそうしていかないと不安と恐怖に巻き込まれてしまうのだろうとも思います。万人これチャネラーという時代が訪れるだろうとずっと言葉にしてきましたが、そうなっていかざるを得ないと思います。


師匠の未来の先読みのコンタクトをシェアしたいと思います。

「さあ、もっと近づくが良い
あなたの世界が開かれていくだろう
自分の自然な動きが心から楽しめるようになるであろう
穏やかであろうが怒りが溢れていようが 自由なあなたの動きが楽しいと想えるであろう
そして 心穏やかに在る事が希望ではなく現実のものとして
絶対なる存在感を表していくだろう
何も恐れる事はない
あなた自身になると言う事
そして 人の持っている 素晴らしき才能にも目を向ける事が出来るようになり
愛する事の壮大さを実感できるであろう
愛の世界は無限である」


本当にありがとうございましたm(_ _)m

一杯飲んで

最近すっかり日本酒のファンになってしまい、
何飲む?は大体日本酒。冷>ぬる燗>熱燗はほとんど飲まないです。
米どころ新潟の酒ならまずはずれませんが、やっぱ美味い!と思う酒があります。
自宅でこそいい酒を飲まないと、は古巣の相談役のお言葉ですが、なんかわかる気がします。
今日は久保田の千寿、萬寿も超美味ですが、千寿もいけるー。
先日飲んだ大洋盛ーたいようざかりの大吟醸も端麗でキリッとしていて本当に美味しかったです。新潟の酒は綺麗すぎて水のようで美味しくないという方もいるそうですが、私は大好きです。もっと複雑な味の酒は汚れた酒という言い方をするんですねー。最近知りました。
日本酒選びは日付をみて、開封後は要冷蔵は基本と夫から教わり、日が経った酒は美味しくないのがわかるようになって「最近君、酒飲みじゃん」
だっておいいんだもーん!ワインよりビールより好きです。コツはチェイサーの白湯。悪酔いしません。アルコール代謝酵素足りない人なので。
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旦那と飲みながら世間話をし、餃子を包んで焼きました。
野菜多め、白菜、ニラ、ねぎ、豚ひき肉だけのシンプルver.うまっ‼︎

娘がいるとキムチ餃子に半分なるかな、
今日は100個出来上がり、半分羽根つけて焼いて半分は冷凍庫へ。
主婦友でも意外に羽根のつけ方知らない人いるんですよねー。
何十年も前にある芸能人の方に教えてもらって以来これです。失敗しないですよ、テフロンのフライパンで大丈夫です。
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羽根つき餃子の焼き方

・豚肉に塩を混ぜ白くなるまでこねる、白菜 ニラ ネギはみじん切りして絞らずさっくり混ぜる。
・包むときは空気を抜くように押さえつけてあんを入れすきまなく包む。
・フライパンに餃子を並べ、餃子が半分隠れるぐらいの熱湯を入れフライパンのふたをして蒸す、これで火が通ります。
・水気をとばしたら、油を回し入れる。ちょっと焼き色がつくぐらいに。
・次に、小麦粉を水で溶きフライパンに回し入れる。片栗粉じゃありません。
・ここで焦げ目がついて羽根が出来るまでちょっと待つ。
以上でパリパリの羽根つき餃子の出来上がりです。

仕事納め

職員全員が揃う今年最後の日の昨日、お昼にちらし寿司をとり仕事納めをしました。
あんなこともこんなこともあった今年一年、皆な頑張ってくれました。本年にお疲れ様でした。
2年に一度働いていてもいなくても生きていれば保健所に12/31付での所在を明らかにする義務がある薬剤師届出票を職員分揃え、来年早々発送できるように封緘し、あと少しで今年も終わるんだなーと実感しました。
年末の外来は長い休みの前で底力を感じます。

今日は年賀状も書き終わり、やったぁ!
年末年始は息子娘も帰ってくるので温泉でのんびり過ごす予定です。
ぷはーっ‼︎よくやった。と自分を褒めるのも大事ですよね。
お世話になった皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m
お師匠様、チャネラー養成講座アドバンスコース第五期の修了証、楽しみにしております。
そうだ、今のうちの担当の税理士さんはキレ者で超イケメンなのですが、担当が変わって初めの頃、ちょとスピ話を控えめにしてたんですが、私には無理で結局スピ全開になってしまい、ドン引きされると思いきや、経営者の方はうまくいってればいるほど神の領域ついて語ると仰ってました。わっぽー踏江さんに興味津々みたいです。月一回の訪問時に占いだのチャネリング、リーディングになってしまい「奥さん、先生以上に頭がいいですね、イヤ、良すぎて普通の企業に収まらない人だから、公務員でよかったですね〜国が相手じゃあ謀反を起こしても仕方ないですから、でも将来的には起業した方が絶対いいです」なんてったら、「何でわかるんですか?実際彼女には〜〜で起業するプランがあるんです」と。一見硬いキレ者ですが、実は守備範囲が広いんですよ。って何の話だっけ?、、今年をmemoriizeしてたんでした。

父の事、母の事

この三日間久しぶりに千葉の実家に帰った。
父も母も80代、二人暮らしはやっとなんとか、という感じ。
両親とも薬剤師で父はほぼリタイアしている市薬剤師会の相談役、頭脳は孫と金属の溶接技術について語りあえるぐらいクリアだけれど杖歩行、一方母は健脚で丈夫だが認知症が日を追うことに進行しているのはめったに訪れないからこそ私の目には明らかだった。
でも家族というのはその現実をなかなか受け入れられない、年齢相応のもの忘れだから、、と。。
私の「お母さんは認知症だから」という言葉は父に入っていかなかった。
父がめんどうくさい、自分だっていろいろ病気を持っているし、で重い現実から逃避していたのは仕方がなかったのだろうと思う。

ある日、母が出かけて方向がわからずに、遠くまで歩いて行ってしまい、けがをして救急車で運ばれ、父は外科医に「奥様は認知症ですから絶対に一人で出さないでください」と釘をさされた。
それでも、また一人でお買い物に出してしまい、待てど暮らせど母が帰って来ず私に電話がかかってきたのは夜の10時を過ぎていた。
「お母さん昼に出てまだ帰って来ないんだよー。タクシーで帰ってこいって携帯に電話したけど、もう電源も切れてる、捜索願い出しだんだ」
え”??なんでもっと早く電話してくれないの?、、、、忙しくて頼れない娘に心配かけたくなかったんだろうか。。

でも不思議に私はすぐに行こうとか、明日一番の新幹線でなどとはは全く考えなかった、心配する気にならなかった?。。が説明不能だが正直な感覚だった。夫にもあきれられた、「どういう娘だ!!じゃあいつ心配するの君は⁉︎」と罵倒された。それが普通だと思う。
でも絶対見つかるとしか私には思えなかった。
リーディングするととてもとても疲れているが、無事で温かいところにいる母を感じた。絶対に帰ってくる。

かくして母は夜中の1時過ぎに国道沿いに歩いて行ってしまった30k先‼︎からタクシーで帰ってきた。住所は言えたようだ。
電話が鳴り、「お母さん今帰ってきたよ!」足に靴擦れもまめひとつできていなかったという。あ”ーよかったーと思った、現実に死は隣り合わせだったのだから。
この体験で父はやっとこさ母の認知症を認め、自分がなんとかしなければ、と思ったようで、専門医にかかるには、介護保険を使うには、など以前妹が渡していた資料が読めるようになってくれた!これは臭いものには蓋をしてしまう父には快挙だ!

この三日間、診療所の受診につきあい、認知症の薬を処方していただき、(Drは専門医の隣で開業してる薬剤師と自己紹介したら何処方いたしましょうかだったけど)そのよく日には三人で有料老人ホームを見学に行った。
要介護状態の母を父が一人で見続けるのは酷なこと、二人にとっても娘の私と妹にとっても幸せなことは何かを考えると一番現実的な選択だと思えた。
父も母もそのホームをとても気に入ってくれたようで、前向きに検討してくれることになった。
3日間で物事が大きく前に進んで本当に良かったと思う、もちろん私が医療従事者で日々認知症の患者さんや家族と接しているからもある、妹に「ミラクルだねー、凄ーい」とメールをもらい「だってブルドーザーだもん、私」まだまだこの行動力は衰えてない?

新幹線で新潟に帰る道すがら突然泣き出してしまった、自分でもびっくりだったけど、忙しいを理由に見ないようにしていた父と母の現実は相当な私の心の重荷になっていたのだ、と自覚できた。私にできることはあまりにも少ないからだ。でも、今回精一杯私なりにできることをさせていただいた。

有料老人ホームはまるでホテルのよう、二人部屋は広いリビングとベッドルームがあり、医師の往診あり、看護師常駐、美容院、歯科医は来てくれる、コンビニまである!一つの街だと思った。こういったホームは近年乱立しているらしい、事情通の人によれば、つぶれないところ選ばなきゃだめだよ、とのことだった。契約書もよく読まないと、ですね。

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